jinheeの日記

基礎ジニ学

医学生が心の澱を吐き出しています

わたしは常に余裕をぶっこきギリギリを生きることで何かに追われていないと落ち着かない人間だ

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わたしはどうも「スッキリしすぎている、ちゃんとしすぎている状態」が苦手でして。レポートは締め切りギリギリに提出、集合時間にはピッタリもしくは1分ほど遅刻で着く、部屋はあまり片付いていない、試験勉強は真面目な女子がやり出した後しばらくしてからやり始める。しかし今挙げたどれもこれも「極端にギリギリの状態」ではないのです。レポートは締め切りの3時間前には出すし、集合時間にものすごく遅刻するわけではないし、部屋に足の踏み場がないわけではないし、試験も前日に徹夜しなきゃいけないほどは追い込まれない。極端に、ではないけど、かなりギリギリを生きる性格。


なんでこんなに「ギリギリを愛する」ようになってしまったのだろう。父親も同じタイプだから遺伝に間違いないのだけれど、ではギリギリを生きているとき自分は潜在意識で何を考えているのだろう。と自分の内側を覗いたら「常に何かに追われていないと落ち着かない自分」が見えました。


早め早めに課題をこなす友人たち曰く「はやく終わらせてスッキリしたい。スッキリした状態で遊びたい。」早め早めに試験勉強をこなす友人たち曰く「はやめに試験対策をしないと不安だから。。」


みんなが課題を終えだした頃に課題をし始めるわたし「追い詰められた状態で集中するほうが結局のところ効率がいい。しかも先に課題を終えた人からアドバイスを聞ける。締め切り前にスッキリしているのはなんだか不安。」みんなが試験勉強を始めてしばらくしたころに勉強を始めるわたし「はやくから勉強してもダラダラしちゃうし、追い詰められた状態で勉強したほうが集中できる。アドバイスも聞ける。試験前にスッキリした気分でいると何か抜けているところがあるんじゃないかと不安になる。」


つまり、わたしはわざわざ「何かに追われていないと落ち着かない自分」を作り上げていたのです。みんなが試験勉強や課題をやりはじめたにも関わらず自分はまだやり始めていないときは「みんながやりはじめた。わたしもそろそろやらなきゃ。。」と焦りつつも、やらないことで自分をあえて追い込んでいたのです。自分はただのドⅯだったのです。


部屋があまりキレイではない、キレイすぎると落ち着かないのは常に「部屋、キレイにしなきゃ、片づけなきゃ…」と思っていたいからなのです。潜在意識はきっとそうです。が、わたしの友人たちを見ると「はやめに課題をこなす人間」も、わたしのように「ギリギリを生きる人間」も部屋が汚いひとは汚いし、キレイな人はキレイなんですよね。ギリギリを生きるかどうかと部屋がキレイかどうかは関係ないのかもしれません。。読まれている皆さんはどうでしょうか。


こんな余裕をぶっこきギリギリを生きる人間ですが、22年これで生きているのでちゃんとポリシーがあります。それは「他人に迷惑をかけない」ことです。あまりに遅刻するのは迷惑、レポート提出締め切りに遅れるのも迷惑、試験勉強で追い詰められて試験の日に朝起きれなかったらみんなに迷惑。まあ、自分の生まれ持った性格なので、迷惑さえかけなければギリギリで辛い思いをするのは結局は自分だけなのです。