僕はわたしで、わたしは僕で

ビートルズをよく聞いていた中学生のころ。初めてカーペンターズのアルバムを聞いて驚いた。カーペンターズビートルズの"Ticket to Ride"をカバーしていたからだ。すぐにはカバーだと気付かなかったのだが、それはカーペンターズ版のテンポがゆっくりしているのと、曲の主語にあった。ジョン・レノンはSheと歌っていたのにカレン・カーペンターはHeと歌っている。聞き間違いかと思って歌詞をみると確かに主語が違った。不思議に思って調べると、英語圏では男性歌手が女性について歌う曲を女性がカバーするとき、男性についての曲に変えるそうだ。女性の歌を男性がカバーするときもまた然り。

 

日本ではそんなふうに他人の曲をカバーするとき男女に合わせて三人称を変えるなんて聞いたことがなかった。三人称を変えると、曲の設定が大きく変わる。男性が「僕は君を想う」と歌う曲が女性が「わたしはあなたに恋してる」曲になるのだから。徳永英明は女性ボーカルの曲をオリジナルそのままに歌うじゃないか。

 

カバー曲とは話が変わるのだが、日本では男性が女性の心情を歌い、女性が男性の心情を歌う曲がたくさんある。男性が「あたし」と歌っても、女性が「僕」と歌っても普通に受けいれられる。英語では一人称は同じ'I'なので、男性が女性の気持ちを、女性が男性の気持ちを歌う「どこか中性的な違和感」を出すことはできるのだろうか?

 

その興味は韓国語にもある。2018年夏に放送された韓国Mnetの「PRODUCE48」。韓国の人気プロデュース番組と日本のAKB48がコラボした番組で、視聴者投票で12人のメンバーが選ばれ一つのグループとしてデビューするという内容だった。現在、そこで選ばれた上位12名(うち日本人3名)によるグループ「IZ*ONE(アイズワン)」が主に韓国を拠点に活動中である。

 

そのPRODUCE48の最終話にて。ここまで投票による選抜がかけられおり、残ったメンバーが最後のステージを披露した。この時点ではまだデビューする上位12名は発表されていない。「このメンバーのなかから誰がデビューできるのか」「推しは脱落してデビューできなかったけど、誰かデビューするのか気になる」「推しがデビューできるかもしれない!」と視聴者はみんな様々感じながらステージを待っていただろう。

 

そこで披露された一曲が秋元康作詞「好きになっちゃうだろう?」である。韓国人メンバーも多いが、すべて日本語で作詞された曲であった。

 

 


[ENG sub] PRODUCE48 [최종회] 반해버리잖아? 최종 데뷔 평가 무대 180831 EP.12

 

君のそんな涙を見ちゃったら

もう好きになっちゃうじゃない

全力で打ち込む姿

いつだって美しいよ

応援したくなる

I'm on your side

I'm on your side

I'm on your side 君しか見えない

ボ、ボ、ボクはミ、ミ、ミカタ

これから頑張れ

 

PRODUCE48で頑張ってきたメンバーたちを励まし応援する曲である。一人称は僕なのに「君のそんな涙を見ちゃったら もう好きになっちゃうじゃない」と女性的な言い回しもある。どこか中性的な曲だと思う。

 

この曲の韓国語字幕での主語は「나(ナ)」だ。韓国語の一人称は男女問わず저(チョ:나より丁寧な言葉)か나(より気さくな言い方)を使う。나でこの曲の「僕」のニュアンスは伝わるのだろうか。「僕」が好きな人を応援する、それを女性アイドルが歌うこの「中性的な違和感」を「나」は表現できるのだろうか?わたしは、できないと思う。英語と同じように。

 

一人称だけでも言葉が違えば使い方も違う。そこにはその言葉の成り立ちや文化が関わっている。わたしは言葉を面白いと感じつつ、言葉を極める学問の道を選ばなかった。人称代名詞についての言葉や文化の解釈についてはその道の方々の解釈に任せようと思う。

 

言葉がわかると文化がわかる。文化がわかると言葉の向こうに人がみえる。言葉は今まで知らなかったことに気づかせてくれる。それは楽しいこと、面白いことはもちろんだが、知りたくなかったことまで、言葉がわからなければ知らずに済んだ、知らないまま楽しく過ごせたのにということにまで否応なしにわたしに殴りかかってくる。でもやっぱり、わたしは知らないよりは知る道をこれからも歩んでいきたいと思うのだ。

 

だって、その方が人生楽しめるだろう?