下ネタへの男女の恥じらいの差について
こんばんは。ジニです。深夜なので、下の方の話題をお送りいたします。
男性が「ちんこ」と言い、女性がそれを聞いて恥じらう構図はそもそも男女で自らの性器への親しみ度の違いにあるんじゃないか。男性は陰茎、睾丸という男性器を直に見ることができる。トイレのたびに触る。しかし女性は手鏡やスマホのカメラを駆使して、相当な努力をしないかぎり自らの性器を見ることはできない。もはやセックスのパートナーの男性のほうが相手の女性より、彼女の性器をよく見ているかもしれない。
男女の下ネタへの恥じらいの差は、自らの性器と接する時間の違いからくるんじゃないか。
人によって違うかもしれないが、一般的に男性は小学生くらいのころから下ネタをバンバンン話すようになる。人前で、女子に「いやだ、○○君そんなこと言って!恥ずかしい!」なんて嫌がられるのを、好んでいた人もいるんじゃないだろうか。そして、小学生を過ぎ、大人になっても男性のこの傾向は変わらないものだろう。
女性はむしろ、小学生のころは下ネタをほとんど話さない。自らの性器について興味は持ち始めるが、男子のように人前で大きな声で話し、下の話題をネタにすることは少ない。下ネタを好きな女性は多い。しかし、そんなにおおっぴらにすることはなく、女子会などの内輪な集まりで話す程度の人ばかりだろう。そこには恥じらいという意識があると思う。わたしは気づいたらよく通る声で女の友人と下ネタを話していることがあるが、ほかの女友達たちが
「ジニの会話を聞いていると恥ずかしくなる」
と言ってくるので、やはり女性は下ネタに恥じらいを感じやすいと思う。
男性はしょっちゅう自分の性器に触れるので、下の話題を恥じらうというよりむしろネタにする傾向があるような気がする。(わたしがこう感じるだけであって、下の話題が嫌いな男性もいるかもしれない)
女性はふつうに暮らしていると、自分の性器に触れることも見ることもない。技術を駆使したら性器を見ることはできるが、それでも直に見ることはできない。女性にとって性器は秘められた場所、だから下ネタに恥じらいが生まれるんじゃないだろうか。
解剖の勉強をしていると、もちろん男女の生殖器もガッツリと勉強する。アトラスにはその部分のきれいな絵が載っている。もちろん、ふつうに皮膚をかぶった外側から見える図、だんだん外側のものを取っていった図がたくさん、いろんな角度から描かれている。
男性器の勉強やそのアトラスの絵は、いままでの生物の知識から知っていることが多くて、まあ、こんな感じだよな、みたいな感じだった。実際のご遺体の解剖では多くのものを学ばせていただいて新鮮だったが、女性器の勉強は男性器をはるかに越える衝撃があった。
女性器ってこんな風になってたん???大学に入るまでも、生物や保健の授業で生殖については習ったはずなのに、女性器のしっかりした構造については全然聞いてこなかった気がする。特に実際にご遺体から取り出した陰核脚を見たときは
「これがわたしの中にもあるのか」
と衝撃でした。わたしの班のご遺体は男性だったので、女性器を深く解剖することはできなかったが、ほかの班を見に行って勉強しました。
わたしも医学部に入って解剖や産婦人科の勉強をするまでは女性器の構造を全くと言っていいほど知りませんでしたし、ましてをや一般の女性は全然自分の性器について知らないと思います。
これだけ書いておきながら、わたしは自分の性器を見たこともありません。手鏡やカメラを駆使して見たこともありません。よっぽど興味がないかぎり、もしくは産婦人科領域の疾患にかからない限り、女性は自分の性器を見ることはないと思います。自分の女性器を見たことがないまま亡くなるひとが大大大多数でしょう。
だから、男女の下ネタへの恥じらいの違いは生まれて当然ではないでしょうか?もちろん、性器への親しみ度以外の理由もあるでしょう。自分の性器にしょっちゅう触れる男性と、自分の性器を全く見たことがない女性。そりゃあ、男性で自分の性器のことを恥ずかしがらずに「ちんこ」と言える人の割合は多くなるでしょう。女性はなかなか女性器のことも、もちろん男性器のことも口にすることはできません。言えてももじもじする人が多いと思います。(そうでない人もいるでしょうが)
だからこうしろとかそういうことを言うつもりはありません。ただ、私を含め女性はもうちょっと自分の性器について興味をもってもいいかもしれません。その結果が、なんとかして自分の性器を見てみよう、調べてみようになることもあるでしょう。それはおおっぴらに話す必要もありません。自分の体に興味を持ったということなので、一人でこっそりとやる分にはそれほど恥ずかしいことではないと思います。
深夜にこっそりと下の話題についてお送りいたしました。日の出ている時間にこの記事を読まれて、気分を害されたかたがいらっしゃったら申し訳ありません。
じゃあねっ