マッサージに行ってみたい。
「マッサージに行ってみたい」という願望をずっと持ち続けているが、未だに行ったことがない。マッサージ、手もみ屋、足つぼ。世の中にはありとあらゆる「身体の歪みを直す」お店がある。別に自分の身体のどこかが歪んでいるとは思えないし、そもそも180度開脚や前後開脚がべったりできるくらい柔軟性には長けているのでマッサージは必要ないはずだ。疲れを感じたら家で開脚をやった方がマッサージより効果があると思う。でもマッサージに行くと自分の中の何かが変わるような、とてつもないスッキリ体験をできるような気がしてならない。最近では無意識にネットで見る大人の動画がマッサージ系ばかりなっているので、どうも本当にマッサージに行ってみたいらしい。
『海辺のカフカ』それが村上春樹の小説であることは周知だろう。わたしは14歳のときに天満橋のジュンク堂書店で文庫版を購入した。村上春樹の名前だけは聞いたことがあったけれど、どんな小説を書いているのかは知らなかった。海辺のカフカの帯に「世界が認めた純文学」と書いてあったので、純文学の意味もよくわからないまま、なんだか面白そうというそれだけの理由でレジに持って行った。
海辺のカフカを読み始めてしばらく。「文章の意味がサッパリ分からない」「マスターベーションってなに?調べても具体的になにをするのかよう分からん」「純文学っていうのは結構エロいんだな」「なにも面白くない。読むのやめよ」と途中で読むのをあきらめて、当時最も興味のあった性描写のシーンばかりを読みあさった。
その中で、性描写のシーン以外にわたしが何度も読み返した場面がある。それはナカタさんが星野君の背骨の歪みを直すシーンだ。星野君は背骨をまっすぐにされている間ものすごく痛がるけれど、終わった後の彼の爽快感が猛烈で、あぁもうこのシーン大好きだなあと思って読んでいた。たぶん、わたしのマッサージ願望はここから始まったのだろう。わたしも、身体のどこかをグギギギッと動かしたらものすごい爽快感を得て「あぁ、今までの人生はなんだったんだ、世界が晴れやか、ニキビが治った、髪がサラサラになった、なにより気分が爽快だ!」となるんじゃないか。14歳の時からマッサージにそんな期待を抱き続けている。
マッサージは値段が高いので学生が気楽に行けるようなところではない。身体に不調が全くないので、行く意味もない。でも行ってみるとすんごい爽快感を得られるかもしれない。いまは体調が万全と思っているけれど、マッサージを受けたら「今までなんて身体がサビついてたんだろう!どうしてはやくマッサージにこなかったんだ!自分はアホか!」と思うかもしれない。たぶん、一生行かないけど。
ふう。さてと。
夜も更けてきました。
みなさま、きょうは一日いかがお過ごしでしたでしょうか?どんな一日であれ終わりよければすべてよし。素敵な夜を過ごしてくださいね。わたしは今日もマッサージへの過剰な期待を抱きながら、マッサージ系のネット動画を見て寝ることにします。おやすみなさい。
(購入した『海辺のカフカ』ですが、実家の本棚の隅の方にひっそりと並べたところ父が気づいて「海辺のカフカを買ったの、ジニか?」と聞いてきました 。ここで嘘をつくわけにもいかず「そうだよ」と答えたところ「ジニもそんな歳になったんだなあ」と言われました。赤面は隠せていたでしょうか。非常に恥ずかしい思いをした14歳でした。)